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DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマンの感想

1983年に開催された日本SF大会「DAICON4」のプロモーション活動の一環として、制作された自主制作映画(当時は円谷プロとTBSの許諾なし)です。総監督・主演(ウルトラマン役)は庵野秀明氏。完成間際に監督を解任された経緯があるようです(総監督としてクレジット)。

プライム・ビデオで配信された28分を視聴して驚きました。

自主制作映画にしては……の枕言葉なしに、今から40年前に作られたとはおもえない完成度でした。

そして、視聴後の余韻が、シン・仮面ライダーそのまんまだったからです。

40年前から庵野監督スタイルは確立していたのか、という驚きと、ならNHKドキュメンタリーでのシン・エヴァやシン・仮面ライダーの、スタッフに過剰な負担を強いる撮影スタイルの必要性は本当にあるのだろうか? という想いです。

僕はシン・仮面ライダーは圧倒的に賛の気持ちが強いです。

めちゃくちゃ良かった! って思う一方、振り回されたスタッフが不憫だな、と思う気持ちがあります。

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ドキュメンタリーで語られるとおり、庵野秀明氏の実写映画(アニメにも取り入れられているようですが)の撮影スタイルは、完成予想図を決定せず、絵コンテ等の映画の設計図のようなものも用意せず、その場その場のノリや偶発性を期待して、大量の素材を作って、その中から監督自身が取捨選択して、一本の作品と仕上げるという、とてもカロリーの高い制作仕法です。

一般的に、作品を監督するという仕事は、最終的なビジョンがあって、そのための素材を用意してもらうために各スタッフに具体的なものを要求して、それを繋ぎあわせるものだと思います。ときには必要な「ちゃぶ台返し」もあるとは思いますが、やり直しはない方が、現場としてはスムーズで良いです。

建築やゲームで、庵野監督のような手法で作っていたらと考えると、めちゃくちゃ効率悪いし、完成図がなかなか見えずに、制作陣はとても大変な現場となってしまいます。もしかすると、シン・ゴジラでのスタッフとの不和の噂や、今作の監督降板なども、ここが由来するのかもしれません。

 

このスタイルの意味は、ドキュメンタリーであったとおり、最初に完成図を示してしまっては、考えることを止めてしまって、作品がそれ以上成長しないという、もっともな理由があります。

スタッフ大変だな、と思う一方、この理由には一旦納得できたんですが、この作品を見て、あれ?? って思うんです。この時代も、まったく同じ手法で作っていたんだろうか? きっともう少しちゃんと準備して制作していたはずです。

シン・仮面ライダーのドキュメンタリーでも、最初は自由に作らせていたアクションシーンですが、途中からは監督の我が出てきて、衝突を繰り返し、場所などの指定も細かくなっていったように感じます。最初は、ある程度自分のやりたいように作らせてもらえそうと、意気込んだアクション監督が、だんだんやつれていく姿に涙……。

 

今作とドキュメンタリーのやりとりを見て、どんな迂遠な経緯を経ても、最終的に「庵野秀明作品」 になってしまうんじゃないか、って思ってしまいました。最初から絵コンテ切って、完成予想図を作り込んだシン・仮面ライダーと、現場のライブ感を大事にして、さんざん現場を掻き乱してスタッフのヘイトを集めて、監督本人もきっつい想いをして制作したシン・仮面ライダー、完成した作品を見比べると、どっちもわからないくらい違和感がないんじゃないか。

むしろ、世間の評価は前者の方がいいんじゃないか? はたして、監督自身が想像した以上の作品になっているのでしょうか? 

現場でのすったもんだをドキュメンタリーにして、バックストーリーを一つの庵野神話としてパッケージ化するしかなかったのかもしれません。それも含めて楽しめるという意味では、ある意味賢い方法なのか?

それでも、彼にはそういう作り方しかできないのかもしれませんし、庵野秀明のネームバリューは、スポンサーとファン層がそれを許しています。

 

だから、せめてと僕は思うんです。

こういう作り方をするのは、庵野秀明一人でいい。

トチ狂った新人監督が真似をするな、と。

シン・仮面ライダーを批判したやつは、従来どおりの映画の作り方で、制作陣の安寧のためにも、傑作をさっさと作って欲しい。

庵野監督に心酔している制作スタッフは、今後もくじけず頑張ってください。

 

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