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NOPE(ノープ)の感想-これが撮れるって奇跡みたい

名古屋旅で、急遽徹夜のまま、ジョーダン・ピール監督のノープを観てきました。

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眠気も吹き飛ぶ面白さと完成度でした。

ジョーダン・ピール監督の映画を初めて観ましたが、こんな映画を撮ることを、どうやって賛同をあつめたのか。もしかすると映画が完成するまで、監督以外の演者やスタッフの誰もが、この映画の手応えを誰も感じていなかったのではないか。

映画の完成度はもちろん、こんな映画を作ることを決めて、周囲を求心し続けた監督のカリスマと手腕に感動を覚えて、映画館を後にするときには大きな感動の波に飲まれて、涙していました。

この映画は、映画というジャンルだからこそ輝く物語でしたし、設定、シナリオなどの各エレメントが、節制が行き届いていて、一見すると非常にシンプルで、各キャラクターやエピソード、伏線の繋がりが見えにくくなっているように感じます。

すべてはよく知っているもの・よくわからないものの勇気と知恵と恐怖を描こうとしていると感じました。その一点に向けて、用意周到にキャラクターやセリフ、伏線とエピソード、演出を散りばめているのだと感じました。

以下ネタバレ。

Nope は、否定の返事をする時に言う No の代わりに使われる言葉です。これはスラングで、とてもインフォーマルな言葉ですから、友達などに使うだけにした方がよいです。

元々は、no を強調させるために nope と言ったのが始まりです。

インターネット上では、Nope は、恐怖や何かに対しての嫌悪感、生理的に受け付けないものなどを示す表現を強調するために使われています。

引用-Nope という スラング の意味、発音、使い方 | 英会話教材 - サンドイッチ英会話

 

年老いた父と共に映画撮影用の馬を貸し出すヘイウッド農場を営むOJは、ある日、農場上空からの落下物によって、父を亡くしてしまいます。

この事故は、飛行機事故の飛散物によるものとして処理されますが、OJには事故の前に、怪音の発生や農場施設や携帯電話の電源が落ちたこと、上空に見た巨大な影を目撃したことがあり、飛行機事故とは思えませんでした。

半年後、父の農場を継ぎ、自分の馬を撮影スタジオに貸し出すのですが、社交的ではない性格なので、なかなか思うようにいきません。底抜けに陽気な妹のエメラルドに補助を申し出るのですが、どこか農場経営に真剣みがなく、空回りしています。

ここで最初のミスリードとして出てくるのが、エメラルドのLGBT要素です。マーベル映画みたいに、批判されないように必要性ない要素を設定してるんだな、と最初は思います。

 

OJは、農場経営のために、近所でテーマパークを経営しているジュープに、馬を売りにいきます。このテーマパークの彫像の馬、バルーンや、井戸に設置されたカメラは非常に重要な伏線となってきます。ここでのエメラルドの立ち振舞いの変容の仕方は鮮烈です。

さて、ジュープは東洋系。エメラルドの恋人は同性の匂わせと同じく、ダイバーシティ確保して偉いね、なんて捻くれた見方を当初はしていましたが、これメチャクチャ大事な配役です。

OJは、撮影スタジオで、人と目が合わせられないくらい対人恐怖に陥っていましたが、撮影スタジオの人間って、記憶に残ってる限り、全員白人でした。OJは、おそらく白人にコンプレックスみたいな感情があるんだと思う。そして、現実のアメリカのヒエラルキーからして、白人の妻を持っていて、金を持ってるジュープに、OJはかなりの劣等感を抱いているのです。これは観客にわかるようにきちんとセリフになっていない。OJとジュープの間にある奇妙な距離感から、そんな風に推測が成り立つ。このような匂わせるような演出が随所にあって、それがこの映画の凄みになっていると感じました。

 

さて、ジュープは元子役で、唐突に打ち切りになったファミリードラマにかつて出演していました。このドラマに出てくるチンパンジーのコーディのエピソードは、観客に強烈に印象づけますが、映画が進むにつれて、「コーディの話は、いったいどこに繋がってるの?」 という疑問が出てきて、もしかすると最後まで消化できなかった人もいるかもしれません。

 

僕が思うに、コーディのエピソードは2つの意味があります。

一つは、OJが劣等感を抱いた成功者のジュープも、過去のコーディの事件で、初恋の人が襲われているにもかかわらず、隠れているしかなかった挫折の人でした。そして、この事件以降、おそらく彼の俳優としてのキャリアは絶たれてしまったのです。

OJがさらりと言ったように、ジュープは未確認飛行物体のことをOJよりも前に知っていました。そして、自分のテーマパークの目玉演目として利用して、初恋の人の前で未確認飛行物体を操ってみせて、自身の「再起」を目撃してもらおうと計画していました。

エメラルドが、ジュープのテーマパークの彫像の馬を盗み出したとき、彼はどうして盗み出したことを追求して奪い返さなかったのか。あの奇妙なやりとりはなんだったのか。僕が想像するに、ヘイウッド牧場の馬は、UFOの餌になっていました。いつか買い戻したいというOJの希望が果たされることはない、ということを知りつつ、ジュープは良い顔をしていたという訳です。その後ろめたさが、あのやりとりだったのだと思います。

親の気持ちを態度から察していたのでしょう、ジュープの3人の子供たちも、ヘイウッド牧場に宇宙人に扮してイタズラをしに来ていましたよね。ジュープのテーマパークと牧場はかなり近くて、買い取りを申し出ていたのもUFOの存在を知っていて、自分の管理下におきたかったのだと思います。

 

コーディのエピソードの2つめの意味は、人間に一番近いとされるチンパンジーでさえ、ああいいった暴走状態に陥るということです。コーディからは親しみは感じられず、恐怖そのもの。あの得体の知れない怖さは、映画全体のトーンとなっています。

それは未確認飛行物体の正体の底知れない怖さに通じています。よく知っていると思っていたチンパンジーすら、自分たちの計り知れない怖さを秘めているのです。あのUFOの見た目は、本来なら企画段階でポシャってしまいそうな、全然怖くないデザインです。ここが映画でもっともすごいと感じたポイントです。あのUFOのビジュアルを、コーディのエピソードによって、底知れない存在に演出したんです。

 

また、コーディのエピソードは、自分たちがよく知っていると思っていた人間(家族)にさえ、未だ知らない面が隠されているということを示唆してくれます。

物語冒頭、あれだけうだつが上がらない見た目をしていたOJが見せた勇気、アホキャラ全開だったエメラルドやエンジェルの知恵、撮影監督のホルストが最後に見せた狂気。

特にエメラルドのラストアクションは鮮烈です。バイクに跨がり、颯爽とテーマパークへ向かい、キープアウトのラインをまとわりつかせて、UFOから身をまもり、唐突なAKIRAオマージュの金田バイク停止をお披露目して日本の観客を沸かせ(俺歓喜! ちょろいやつ)、バルーンを餌にすると、井戸のカメラを使って証拠写真を撮ります。怒涛の伏線回収。

 

この映画が普通の映画だったら、エメラルドのこのシーンは、他のキャラクターと共闘させると思います。しかし、この映画ではエメラルド一人の奮闘。ラストシーンに現れる兄OJの勇姿に、「来るの遅ェ……」 って感情は起きず、ただただ頼もしく感じる。ここも演出の妙に感じました。

 

最後まで緊張感が保たれたのは、章立て構造のお陰に感じました。ゴーストとかラッキーとか、コーディーとかの区切りができることで、気持ちの仕切り直しができたのです。観客の気持ちのコントロールまで意識が行き届いていて、メチャクチャすごい作品だなぁと思いました。

 

予算を湯水のように使うアベンジャーズなどの娯楽大作映画と違って、この映画のコンセプトそのものは、撮影環境や制作費によって作れないというものではないと思います。日本の映画スタジオでも制作可能でしょう(むしろ日本のしょぼいCGの方が味が出るかも?)。 ゆえに製作者そのものの才覚をダイレクトに感じます。映画製作者たちが見て、嫉妬に狂う、あるいは勇気を抱く、そんな作品に感じました。