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ソフビ雑記51:マニアがジャンルを殺すのか?

ソフビそのものについて、僕の浅い知識と独断と偏見でアレコレ勝手に語る、ソフビ雑記のコーナーです。

 

いつぞや、SNS上で「マニアがジャンルを殺す」という言葉を知りました。

いろいろな含蓄が含まれている言葉に思います。

でも、これは事実ではなく、警告として読む言葉だと感じます。

 

この言葉が指している“マニア”は、単に詳しい人のことではありません。

多くの場合、「自分が知っている過去の正解」を絶対化し、「それ以外は劣化・堕落・裏切り」とみなす人、その態度のことを指しています。

 

ジャンルは、生き物みたいなもので、常に環境に適応しながら姿を変えます。

新規参入者が入り、技術が変わり、文脈が更新される。

その過程でノイズも混ざるし、浅い作品も増える。

ここまでは健全な成長痛と言えます。

 

ところが一部のマニアは、


「これは本物じゃない」
「昔はよかった」
「わかってないやつは口出すな」


という関門を作り始めます。

 

自分自身、最近の作家さんは、どこか違うなとか、別ジャンルに見えてしまうなとか、言ってしまいがちです。

 

そういう人が増えると、新しく外から来た人は萎縮し、作り手は過去の模倣に寄せる。
結果として、ジャンルは“保存”されるが“更新”されなくなるのではないでしょうか。

 

界隈がどんどん狭くなっていき、固定化してしまいます。

 

一方で「マニアがジャンルを殺す」という言葉は本当なのか? と思う気持ちもあります。

世の中には、強い強いマニアの批評に晒され、それでも発展しているジャンルがありますよね。

アニメ・漫画とか、食文化とか……。

 

「マニアがジャンルを殺す」という言葉を言った人は、実はジャンルの中の人だったようです。

これって運営側の人が、客のせいにした、言わば敗北宣言をしたようにも、自分は感じます。

 

マニアは、熱量があり、金も時間も落とすはずです。

彼らの期待に答えるだけのビジョンが、「マニアがジャンルを殺す」という言葉を言った人には無かっただけじゃないでしょうか。

ジャンルにとって、もっとも手堅い客層を御しきれなかった。

 

また、僕が集めているインディーズソフビは、連続する個人制作の集合体

入口が狭すぎ、そもそも入ってこれる人数が制作数で制限されています。

 

ごくごく限られた人だけが欲する、非常に尖った趣味嗜好の作品だったものが、「簡単には買えない」ということが独り歩きして、作品が神格化してしまった。

 

もともとインディーズソフビは、造形や世界観といった「作品そのもの」を見て好きになるものだったと思います。

何体作られたかは、作家さんのキャパの問題であり、買えるか買えないかは、あくまで結果でしかありません。

 

ところがいつの間にか、「簡単には手に入らない」という事実が前面に出るようになった。

作品を見て欲しくなる、ではなく、欲しくても買えなかった、という体験が語られる。

希少性は価値の一部であって、中心ではなかったはずなのに、気づけばその比重が大きくなりすぎていきました。

 

作品と所有体験と、それを巡る物語が、少しずつ噛み合わなくなっていったように思います。

その時点で、今僕が感じてる変化は致し方ないものだったのかもしれません。

 

僕が「ジャンル違い」に感じる作品たちは、満たされない所有欲が、新しい方向性となって現れたということなんだと思います。

 

身勝手に危惧しているのは、この新しい方向性を否定して、ジャンルそのものがつまらなくなった、終わったと感じてしまうことです。

ただ、それはジャンルが本当に終わったというより、自分の慣れ親しんだ楽しみ方が通用しなくなってきた、というだけなのかもしれません。

変化そのものよりも、変化についていけていない自分の感覚に、戸惑っているだけなのではないか。

 

10年前のインディーズソフビシーンと、現代のそれが、様変わりしているのは、むしろ歓迎すべきことなんじゃないか。

ジャンルが、次のステージへ向かう過渡期なのではないか。

そんな風に思いたい。

 

できれば、変化を裁く側ではなく、もっと単純に、もっとハッピーに、ただ趣味として楽しめる位置に、戻っていたいですね。

 

 

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