今週のお題「何して遊ぶ?」
ビデオゲーム界のスーパースター、マリオの映画を見てきました。
米国では、評論家が低評価を下すも、一般客からは好評を得て、真逆の状態。これに期待をつのらせたのか、オープニング成績ではアニメ映画として歴代最高記録(最終興行収入14.5億ドル)となった『アナと雪の女王2』(2019年)を上回り、すでに1000億円を突破しています。
僕自身、かなり期待して見に行ったのですが……個人的なジャッジとしては、プロの評論家のほうのレビューに肩をもつ感じかな……。いやいや! もちろんポリコレ要素がないから、とかそういうつもりもないし、マリオの映画がヒットしたこと自体はとても嬉しいことでした。
僕が思ったのは、マリオ抜きにしたら、そこまで面白い映画のシナリオだったかな? ってことです。マリオ有りにしたところで、どうせならゲームで遊びたかった、って思いました。結論としては、マリオはゲームのキャラクターであって、映画のキャラクターじゃないと感じました。
キャラクター映画として、とても愛の籠もった作品であることは間違いなく、ファンには嬉しい小ネタや展開が盛り込まれています。映像やアニメーション、音楽も一級品でした。横スクロールアクションのようなカットとか、とても良かったです。
大笑いしてしまうシーンもたくさんありましたが、マリオの映画にしようとするあまりに、あれもこれもと詰め込みすぎたように感じました。シナリオ展開に無理を感じた。わかる、わかるよ、ああ、このシーンはあのタイトルからインスピレーションをえてるんだろうな。でも、90分間がとても長く感じました。
ゲームの中のマリオは、セリフを発しませんが、映画の中ではちゃんと演技します。そのための肉付けなんでしょう、色々なバックボーン、追加設定がありました。キノコが実は嫌いという設定は、意外性あったんですが、両親含めた家族と一緒に住んでいて、独立してないってのは、ちょっと見てられなかったです。両親から、「お前は何をやっても中途半端だ」 となじられているカッコ悪いマリオを、僕はどう受け止めたらよいのかわかりませんでした。生みの親公認で、この設定なんだから、ケチをつけてもしょうがないのですが、ゲームの中の僕のマリオは、もっとカッコいいヤツなんですよ……。なんだか頼りにしていた親戚の兄貴が、仕事場では全然使えないヤツって四六時中怒られているのを目撃したかのようないたたまれない気持ちになってしまいました。
任天堂のゲームの謎の安心感ってあるじゃないですか。自分に、もし子供がいたら、任天堂のゲームなら無条件でプレイさせられるぜ、みたいな。
映画の中では、殺すだの死ねだの、ちょっと汚い言葉が普通にでてきますし、イジメっ子や悪役に暴力で解決を試みることが正しい行いなのだろうか? そういうメッセージがある訳ではないのは、もちろん理解できるのですが、もう一捻り欲しかったです。そうですね……例えばこの話ってクッパのピーチへのラブストーリーという側面があるので、倒しても倒しても立ち上がるクッパに対して、最終的には「ねるとん」みたくピーチにマリオとクッパが告白して、ピーチがクッパをフってマリオの勝利とか……あの面白いクッパの歌のシーンや、マリオの折れない心にピーチが心惹かれる描写なんかも絡めるとスッキリしたシナリオ展開になるのではないでしょうか。マリオブラザーズオマージュで、ピーチのキスでピースマークは欲しかったな。
クッパが面白く愛嬌あるキャラクターだったせいもありますし、キノピオがなんか不気味な(自分のことがカワイイから何もしなくても許されると思ってる)感じがしたせいなのか、映画の中の勧善懲悪について、しっくり来ませんでした。たぶんアンパンマンみたいなほのぼのとした世界を目指したんだと思うのですが、うまく行ってるようには思いませんでした。
ラストシーン、ルイージとマリオの共闘は、涙が流れてしまいました。ええカッコしいの説教臭い要素がなく、エンタメ全振りのこの映画が大ヒットしている状況は、かなり面白いと思ってます。みんな疲れちゃったんだろうな、って。
ゲームのマリオファンの僕としては、はやくこのグラフィックでマリオのゲームが遊びたいです。