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「変な家 :雨穴 (著) 」を変な予備知識で変な楽しみ方をした(ネタバレあり)

ちょっと昔SNS上で、宇宙の専門家がSFの名作プラネテスを、義務感からイヤイヤ読んで、リアリティがなくつまらないと評し、炎上した事件がありました。

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この事件の本質は、本職の専門家を差し置いて、嘘の宇宙漫画が評価されている現状に苛立ち、ドヤ顔したかった、という、なかなか可愛げのあるもののような気がします。

……という訳で、10年以上前に、住宅建設の仕事に就いていた、僕も同じ轍を踏みそうな、危険な「変な家」を読んだレビューとなります。

オーディオブックのオーディブル版で聴取しました。

この本が、リアルで怖くて面白かった! という人には興ざめとなる感想になります。

かなり話題になった本ですし、漫画へのメディアミックスや、今後アニメ化、実写化なんかされる場合は、楽しみを減じる場合がありますので、その点ご注意ください。

 

炎上を回避するつもりはありませんが、ニワカ知識で「こりゃないわ~」 と思いつつも、トンデモ話としてとても楽しめました。おそらく、現実にある実際の間取りの謎空間を見て、色々着想したのだと思います。仮に、ちゃんとした専門家の監修があって、話をつくったら、ここまでの突飛な飛躍はなかったと思うので、適当に書いたって訳ではなく、きちんとしたコンセプトに則って、執筆されたような気がします。

例えば、超芸術トマソン(まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。例:行き先のない階段、コンクリートで塞がれた門、埋め立てられた川に架かる橋)は、意味がわからないから、想像力が膨らむのと同じです。そういう意味で、変な家は、超芸術トマソン的といえます。

 

本に登場する3つの間取りについて、それぞれツッコミを入れていきます。

10年以上前に、根性なしと能力不足で逃げ出した建築業界なので、間違いもあるかもしれません。やさしく訂正していただけると幸いです。

 

1、東京の家

最初の家です。

オカルト雑誌のライターである主人公に、知人から家を買うんだが、この家の間取り変じゃない? と相談を受けるのが始まりとなります。

主人公は家の専門家ではないので、知人のオカルト・ミステリ好きの建築士に相談をするという流れです。

 

まず、この図面を建築関係の人間が見ると、こう言うと思います。

「これ違法建築だよ」

建築基準法をまとめたオレンジのごつい本には、確かこうあったと記憶しています。

 

「一定規模の住宅における、居室においては窓を設けなければならない」

居室というのは、壁と扉によって区切られた、人が生活する部屋のことです。

この間取りにおける子供部屋が、それにあたります。

 

建築基準法というのは、建造物によって住む人や周囲の人・家財に被害が出ないようにするためのものです。

窓のない居室というのは、災害や火事が起きた場合、逃げ場がない、煙が充満するということですから、行政が建築を許可してくれません。

 

一応、回避方法があります。

一つは、建築基準法が施工される前の建物である場合。

日本にも、沢田マンションという有名な違法建築があります。

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もうひとつは、建築したあとに用途をこっそり変更するという方法です。

建築許可を出すときは、物置にしておいて、建ってから居室として作り直します。

構造上、窓が作れないデットスペースを、旦那さんの書斎(趣味の部屋、あるいはAV鑑賞部屋だな)として使いたいみたいな場合、この方法を使うことがあります。

 

小説では、この建物はまだ新築であることからも、1つ目は駄目ですし、2つ目もアパートを売りに出すとき、やはり面倒避けて、倉庫として間取りを掲載する(口頭で、あとから用途変更できますよ、って言う)と思います。

 

しかし、この指摘は全体として野暮なこの記事においても、野暮中の野暮です。

シナリオの流れをスムーズにするためであると考えられます。

ここが倉庫部屋だったら、子供を監禁してそうだ、その子供に殺人幇助させていたという推測までかなり回り道をしなくてはならないからです。

 

ちなみに、一番最初の注目されるキッチンとリビンクの奇妙な空間ですが、割とよく見ます。ただし、超高層建造物で、ですが。

こういう空間は、配管スペースがその正体となります。高層階へ配管するため、広い空間が必要なんですね。一般住宅の場合は壁の中の柱と柱の間の120ミリくらいの空間で収めてしまいます。おそらく筆者は、分譲高層マンション等の間取りで、この空間を見つけて、色々妄想を広げたのではないでしょうか。

 

2、神奈川の家

消失してしまった家の間取りで不可解な点、捜査の糸口となった、三角形の部屋とアクセスしようのない庭の奇妙な空間について。

これも実際、こういう間取りを見たことがあるんでしょうね。

まず、敷地いっぱいに建築しなかったのは、敷地面積にたいして、建物の床面積が決まっているからです。

これは、家が燃えた時や、地震で倒壊してしまったとき、被害が隣家へも及ばないように、という処置なんでしょうね。

 

どうして増築部分を奇妙な三角形にして、アクセスできない庭を作ったかというと、これは推測ですが、もともとそこには木があった。切るには忍びないため、残したが、やがて育って隣の敷地まで枝を伸ばして邪魔になったので切ったとか、枯れてしまったとか。もともと井戸があり使わないけど、潰すのにはお金かかるので残した。後年、映画リングを見て怖くなって潰したとか。そもそも、なにかあるけど、間取りには書いてないとか。

 

小説では、地盤が硬い・柔らかい、あるいは地下室があって杭打ちができないから避けてるっていう推測でしたね。

ハ ハ ハ、杭 打 ち ! ! ! ! 

これには本当に笑い転げました。最高です!

 

僕の知る限り、一般住宅で杭打ちなんてしないです。もっと大規模な建築でやります。

じゃ、一般住宅でゆるい地盤の場合は、どうするかというと、土壌改良をするんです。

重機で土を掘り起こして、土に砕石や硬化剤を混ぜ込んで推し固める。

こういう工事は、家を立てる前、土地を売る時に既に行われています。日本の国土は、使用用途が決まっているんです。宅地として売るなら、それ以前に土壌を検査にして、宅地に適した状態にします。

仮に杭も通らないほど硬い地盤をどうやって掘り起こして地下室を作るんでしょうか。墨出しするとき、木の杭も打てねぇよ(笑)。ゆるい地盤を掘り起こしたら、となりの敷地が崩れて、家が傾いちゃいますよ。

 

東京の家で主人公は、家に直接出向いて捜査し、近隣の人から大きなヒントを得ますし、神奈川の家では証拠隠滅の火事があり、大きな痛手を感じてますが、どちらの家でも施工業者に当たらないのは、僕からするとかなり不自然です。

ピラミッドや王家の墓の建設において、秘密の通路に関わった人間は秘密裏に処刑して口封じした、という話がありますが、現代社会において、いくら地方の名家でもそれは無理でしょう。

住宅建設には、多くの業者と日数が必要です。

設計者、現場監督、基礎土木、大工、内装工、足場工、サッシ屋、瓦屋、外壁工、左官工、内装工、設備工、電気工などなどに加えて、材料や設備がひっきりなしに現場に届きます。

東京の建設事情は田舎とは違うのかもしれませんが、特に電気工や設備工などは、建築工程の進み具合の間隙をぬって工事する必要性があるため、比較的地域密着型となります。どの工務店が手掛けた建築かわからなくても、建築関係従事者のホームズ役がこの小説には配役されていますから、横のツテで結構簡単に導きだせると思います。

設備工、電気工さんは、たくさんの現場を渡り歩くことからも、人付き合いがうまくて話し上手な人が多い印象です。この建物なんか変じゃなかった? みたいな話をふったら、簡単に話してくれそうに思います。

 

なんとなく著者にとって、建築物って最初から「そこにあるもの」 って感覚があるような気がしますね。本家が建築関係で栄えてた、とかの一文ってあったっけ?

 

ま、そんなわけで、殺人装置として家を建てるというのは、不動産なだけに揺るぎない物的証拠となります。現実にはなかなか難しいと思うのです。

ああ、最後の家を忘れており……いや、忘れてません。

 

 

3、本家の別宅

この家は、少し断言はできない部分があります。

たぶん、この家だけは、現実にある間取りではなく、100%著者のオリジナルなのではないでしょうか。

まず、この住宅が西洋建築なのか、日本建築なのかが、一つの分かれ道となります。

本作が、映像化された時が見ものですね。

 

日本建築の場合が完全にアウトです。

もしかしたら、(オーディオブックなので)聞き逃しているのかもしれませんが、外観についての言及ってありましたっけ?

こんな間取りは、日本の建築にはあまりないので、断言できません。でも、左の廊下もなく襖で区切られた4部屋の特徴は日本建築なんですよね。

どうして和洋にこだわるかというと、壁の仕上げが気になります。

日本建築の壁は基本的に、真壁といって、柱や梁などの構造体が露出します。この仕上げは、世界に誇るべき特徴なんですよ! 近代建築に与えた影響は計り知れません。なのに、世間は洋風が好きらしく、リフォームの時など、立派な柱に釘を打ってをボードで覆います。嘆かわしや。

 

閑話休題でした。

この家のトリックは、左角の四ツ部屋、1と2の間が二重壁で間に通路があるとい推測から成り立っておりますが、先にも言ったとおり、日本建築において壁の端は構造体である柱が立って露出しております。

なので、3と4の部屋から1と2の部屋の壁を見ると、不自然な位置に柱が立ってることが見えちゃうんですね。

 

でも、今回は見えないようにできたとしましょう。別にこれは難しくないと思います。異型の柱を立てて、壁材とツライチにすれば良いのですから。

でも、日本建築って、建材・内装材が高度にモジュール化しています。約910ミリ=3尺(京都はちょっと違うらしい)という基本寸法が全体隅々まで支配しています。畳一枚は襖一枚と同じ大きさです。畳2枚=一坪、一坪の一辺の長さは一間です。

このパターンが家全体共通している中で、二重壁を作ると、少し小さな畳が必要になります。これは大きな違和感を生むことは間違いないです。

 

小説で、この家の間取りを一般人に書かせます。この図面は、素人とは思えない立派なものですが、どんなキレイな図面でも厳密な寸法の書かれていない図面のことを、建築業界では「まんが」と言います。

こういう図面を実際の施工に使用すると、図面上では成立していたものが、現実では施工できません。柱や構造材の中を配管が通っていたり、部材や建設上の誤差が含まれておらず、設備が収まらなかったりします。

 

この小説は、「まんが」なんだと分かった上でも、十分楽しめました。後半のぶっ飛び展開は面白すぎました。下手な知識があっては書けない展開だったと思います。

このお話は、実は現実にあったことが題材で、その事実を煙にまくため、このような荒唐無稽になったのだ、と解釈することができますが。

 

仮に、もう少しリアリティを増すため、ワトソン役だったライターをホームズ役にして、建築士を語り部たるワトソン役にして、建築知識を補完していくという内容だとしたら、ここまで話題にならなかったと思います。

 

 

変な家

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